人生の大きな節目である「還暦」。自分ではまだ先のことのように感じていたが、その日は容赦なくやってくる。そんなある日、妻から「還暦のお祝い、何が良い?」と尋ねられたのが、この旅の全ての始まりだった。
洒落として「赤いちゃんちゃんこ」なんてものが頭をよぎったが、それも味気ない。「美味しいフレンチや叙々苑に行く?」「記念に赤い色の高級なパンツや靴なんてのも良いんじゃない?」と、妻は楽しそうに提案してくれる。その中に「久しぶりに家族旅行はどう?」という一言があった。
根が出不精な私は「うーん、そうだなぁ」と曖昧な返事をしていたが、妻は「今まで行ったことがなくて、行ってみたい場所がいくつかあるの」と、目を輝かせながら候補地を挙げてくれた。その筆頭が、実は「宮島」だった。他にも「上高地」や「尾道」など、魅力的な場所が並ぶ。
そういえば、家族旅行なんていつ以来だろう。コロナ禍が始まってからは、すっかりご無汰だ。子供たちが小さかった頃は、毎年のようにディズニーランドやサンリオピューロランド、ジブリの森、USJ、ハウステンボスへと足を運び、子供たちの友達家族とのキャンプやスキーで笑い合った。子供たちが成長してからは、北海道、金沢、沖縄、博多、名古屋と、日本のあちこちを巡ったものだ。楽しかった思い出が、次々と脳裏に蘇る。
数々の候補地を聞きながら、ふと閃いた。「還暦の『赤』…そうだ、宮島の鳥居の『赤』だ!」。妻の一番の提案に、これ以上ないほどしっくりくる理由が見つかった。「宮島、良いじゃないか!」。私のその一言で、我が家の頼れるプランナーである妻が、本格的に動き出した。
思えば、昔から私たち夫婦の旅のスタイルは対照的だ。妻は石橋を叩いて渡る慎重派。事前に見どころや美味しいお店を徹底的に調べ上げ、完璧なスケジュールを組んで絶対に逃したくないタイプ。一方の私は、完全な行き当たりばったり派。計画にない路地裏の景色や、その場での偶然の出会いを何よりの楽しみとする。おかげで絶好の機会を逃すことも多々あるが、「それもまた一興」と気にしない。まさに「割れ鍋に綴じ蓋」とはこのことか。この凸凹コンビだからこそ、今まで上手くやってこられたのかもしれない。不思議なことに、その性格は子供たちにも受け継がれ、娘は私に、息子は妻にそっくりなのだ。
そんなわけで、今回も計画は妻に全幅の信頼を寄せることにした。そこからの妻の行動は早かった。幸運なことに、家族のつながりで交通費や宿泊費を抑えられることになり、旅の骨格はあっという間に固まっていく。
移動手段についても話が弾んだ。私には、昔から出張で好んで利用していたお気に入りの新幹線がある。かつて「レールスター」の名で親しまれた700系の車両は、普通車指定席でもグリーン車並みのゆったりとした2列+2列シートが何よりの魅力だった。あの快適さをもう一度味わいたいと妻に話すと、「その車両の進化型があるわよ!」と頼もしい返事。調べてみると、現在は「さくら」や「みずほ」として走るN700系が、その快適な座席のつくりを見事に受け継いでいたのだ。より新しく、より快適になった後継車両の存在に、私の旅への期待は一層高まった。
そして、「2日間で何を見る?何を食べる?」とリサーチを進める中で、偶然にも旅行の日程で「呉での自衛艦見学」が開催されることを見つけ出したのだ。これはもう、行くしかない。
こうして、私たちの還暦記念旅行は「宮島」と「呉」という、最高の組み合わせの目的地に決まった。それは、良き思い出となっただけでなく、私の第二の人生のスタートを飾る、忘れられない旅の始まりだった。
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